秋の夜がたり

岡本かの子

秋の夜がたり書籍情報


底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
   1992(平成4)年1月23日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1974(昭和49)年発行
初出:「婦女界」
   1933(昭和8)年11月
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘

秋の夜がたり 2

岡本かの子

 おとうさんもおかあさんも、今度一族が出発して来た田舎(いなか)の人ではありませんでした。実は今夜一晩保養の為に優勝の地として名高い此(こ)の湖畔で楽しいくつろぎをしてから更に明日出向いて行かうとする都の生れの人達なのでありました。
 都でもと生れた人が百五十里もの遠い田舎の人となり、其処(そこ)でむすことむすめを設け、土着の住民となつたからとてそれが別に大して珍らしいことでもむづかしいわけのものでもありません。けれど、このおとうさんと、おかあさんがさうなつた径路についてはそこにほかの人並とは違つた事情があつたのであります。
 知る人ぞ知る。とでも云ひ度(た)いところですが、さすがに百五十里はなれれば、そしてこのおとうさんやおかあさんのやうに自然すぎるほど落ついて土着して仕舞(しま)へば実際、あやしむ人はおろか、当のおとうさんおかあさん自身でさへ殆(ほとん)ど自分達の前身は忘れはてたやうなものでした。おそらく田舎(いなか)暮らし何年間を他人事のやうに昔を思ひ隔てて仕舞つて居たにちがひありません。
 昔四十何年か前に、おとうさんとおかあさんは非常に仲好しの女友達同志を母親として都の一隅の街に生れました。二人の母親はまた生憎(あいにく)揃(そろ)ひも揃つて二人をお腹に持つて居た頃に未亡人になりました。丁度国の大戦の為にその国の丁年(ていねん)以上の男子が大方戦線へ出たその兵士の仲に当然交(まじ)つて行つて仕舞ひ、その上間もなく二人の夫が二人とも戦死したからでありました。未亡人同志は、いよいよ仲好しになり、頼み合ひ、はげまし合ひ、何事も二人の合議で生活して行くやうになつたのです。