岡本かの子
底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
1992(平成4)年1月23日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1974(昭和49)年発行
初出:「婦女界」
1933(昭和8)年11月
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘
岡本かの子
――おとうさんが女になつていらしつた時、どんな女でいらしつたでせう。
少し控へめではありましたが、むつつりと意味深さうに今までのいきさつを聞いてゐた兄より先に妹娘がおとうさんに問ひかけました。すると、おとうさんより先きにおかあさんがその問ひを取つて云ひました。
――それは美しい、そしてしとやかであでやかな娘さんでおありでした。
おかあさんが口を切つたのをしほにおとうさんはおかあさんに頼みました。
――おまへ、みんな私の事を知つて居る。私に代つて子供達に話してやつてお呉(く)れ。
さういふおとうさんの顔をつい二人の子供はちらと見やつてしまひました。おとうさんは顎鬚(あごひげ)のそりあとを艶(つや)やかに灯(ほ)かげに照らして煙草(たばこ)のけむりを静(しずか)に吐いてゐました。
――おとうさんが十六七歳になりなさつた頃、おとうさんの母親はある都の或る街に住みついて其処(そこ)で小間物を商(あきな)つて居(お)られました。わづかな資本で始めた店でしたけれど非常に器用なその母親が飾り付けるとお店の商品は生々して造花なんぞまるで生花のやうに上手な照明で見えるのでした。それにお店に炊きこめてある何か大変好いかをりの匂ひものが人達をひきつけて思ひがけないやうな品の好いお客様も時々は見えるやうになりました。
――ははあ、それからあのS家のお姫様のおはなしになる段どりですな。
おとうさんが一寸(ちょっと)なつかしさうなへうきんな調子の横槍(よこやり)をいれましたが却(かえ)つておかあさんの息つぎにそれがなりました。
――おとうさんはお店を手伝はなければならなかつたので学校は十六七の歳でやめておしまひになりましたが、やはり本性は男で、どうしても建築学を研究する志(こころざし)でお店を手伝ひ乍(なが)らも独学で一生懸命店裏で本を読んだり暇を見ては方々の街の有名な建築を見て歩いたりしていらしつた。でもよくしたもので、世間の人達はおとうさんのさういつた独学の建築学研究なんか眼に這入(はい)らず、おとうさんが娘姿でお店を手伝ふあでやかな姿ばかりに気をとめて評判をするやうになりました。