秋の夜がたり

岡本かの子

秋の夜がたり書籍情報


底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
   1992(平成4)年1月23日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1974(昭和49)年発行
初出:「婦女界」
   1933(昭和8)年11月
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘

秋の夜がたり 7

岡本かの子

 お母さんは云ひ淀(よど)みました。むすことむすめも少し堅くなつておとうさんとおかあさんを見較べました。
――つまりね。まあ少し云ひ憎(にく)いが、おとうさんがそのお嬢様を大変お慕ひ申すやうにおなりになつてしまつた。お嬢様はお美しい上に、傍に居れば居る程、お利口で優しくなつかしい御性質なのでそれは無理もないことでしたらうよ――しかし、たとへおとうさんが男そのままでお慕ひ申した処が御身分も違ひまして女であり切つてゐるおとうさんが、そんなところをお嬢様にお知らせ申せるわけのものではなし、とかうして苦しんでおいでの処へ、またも一つおとうさんに苦しい事情が出て来ました。ほかでもないそのS家のお嬢様にお兄様がおいでになつた。お歳は二十位。そのお方がいつか娘姿のおとうさんをすつかり女と思つてお慕ひになるやうにおなりなさつた。しかもそのお兄様はS家の大切な一番御子息、そして御病気になる程思ひ慕つてお仕舞(しま)ひなされたのだから困ると云つても一通りの困り方では無く、或(ある)日、お嬢様を通してそのおこころもちをおとうさんにお打ち明けなさつた。おとうさんは御自分の悲しい恋に引くらべ、到底悲恋であるべきお兄様のお心を思ひくらべ乍(なが)ら何にも御存じなくそれを仰(おっしゃ)るお嬢様の御顔をぢつと見詰めて涙を流されたと云ふことですよ。
――で、結局どうなりました。
 もうさうした人情を正当に解し得る年齢のむすことむすめでありました。正面切つて真面目(まじめ)に追及したのも無理はありません。
――結局おとうさんはS家からお退(ひ)きになつた……お嬢様といふ悲恋の対象から御自分を退かせる為と御子息の悲恋の対象である自分をお邸(やしき)から消す為にね……。