岡本かの子
底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
1992(平成4)年1月23日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1974(昭和49)年発行
初出:「婦女界」
1933(昭和8)年11月
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘
岡本かの子
――そしておとうさんは直ぐお家へ帰られましたの。
むすめの聞きさうな事です。
――いいえ。このわたし==おかあさんの処へ来られたの。
――今度は、わしが話さう。
とおとうさんが二十年来むすことむすめが聞きなれたおとうさんの声で云ひました。ですが、今まで長いおかあさんのおはなしの内で娘姿にばかり想像して居たおとうさんが突然、男の声を出したので、ほんの一瞬間ではありましたが、むすめも、むすこも何か、あでやかな変怪の姿のなかから忽然(こつぜん)、おとうさんが男姿で抜け出したやうな不思議な感じがいたしました。
――お前たち、その頃、おかあさんが、どんな男でゐたか想像がつくか。
――いいや、とても、それは難かしい。
むすこは全く、このはなしの中心に身を入れ切つて其処(そこ)から途方もなく開展して行き相(そう)な事件に対する好奇心の眼を瞠(みは)つて居るのでした。
――おかあさんは美青年だつたぞ。だが、まだ恋愛事件になぞ身を縛られてゐなかつた。と云つても、やつぱり外(ほか)の事情で身を縛られてゐたから、厄介な境遇だつたことに変りは無かつた。おかあさんは気性が女の内気であり乍(なが)ら乗馬や、ほかの武芸に実に優れて居た[#「優れて居た」は底本では「優れた居た」]。お前達の知る通り田舎(いなか)でもおかあさんの耕作達者には村の人達も息を引いて居るのと思ひ合せて御覧、美しい優しい顔して居るおかあさんの今でもこんなに立派な体格をご覧。
――ほほほほ……。
おかあさんの張(はり)のある綺麗(きれい)な笑ひ声……むすこも、むすめも、勇ましいおかあさんの男姿に引き入(いれ)られようとした想像からまた引戻されました。
――笑つたりしてはいけないおかあさん……かういふ話は一歩それると飛(とん)でも無い不面目なものになる。
――はい。
おかあさんも真面目(まじめ)な聴きてになりました。
――おかあさんの母親はおとうさんの母親よりやま気があつてしつかり者だつただけに仕事も小さい乍(なが)ら機業工場なんか始めた。大分具合ひは宜(よ)かつたがもともと資本はひとから借りた。貸した人があとでおかあさんを義理で縛つた爺(じい)さんよ。と云つても爺さんは決して悪人では無い。ただ昔武人だつた丈(だけ)に冒険癖(へき)があつたが本性はむしろ善良だつた位だ。それで却(かえ)つてこちらから義理を迎へて縛られてしまつたやうなわけだ。義理も強(し)ひられたのはまだそこから逃げ宜(よ)いよ。なんと云つたつて迎へた義理は自分で造つた罠(わな)へ自分で罹(かか)つたも同じだよ。つまり罠の仕組みを知れば知る程、知らない仕組みにかゝつたやうに無茶に逃げ出す力が出ないからな。ところでその爺(じい)さんがおかあさんの武者振(むしゃぶ)りには他には類の無い裏にデリケートな処がある。つまり一遍の武辺(ぶへん)では無いと見て取つたとでも云はうかな。はははは……(しまつた今度はわしが笑つた)でも本性が女だからな、云はばまあ、その方が当り前の事だ。デリケートな裏の方が本当で、表の武威がむしろ借り物なのだ。しかし、わしがあでやかな娘姿であつたと同じやうにおかあさんにしても、どうせ女として生れ乍(なが)ら男で世間を押さねばならぬ様な運命に生れた者には、やはりそれ相当の保護色が備はつて裏も表も調和よく発達したものなんだな。爺さんが其処(そこ)を目付けどころにしたんだ。爺さんが毎年その都に行はれる荒馬(あらうま)馴(な)らしの競技場へおかあさんの美丈夫(びじょうふ)を出し度(た)くなつたんだ。今一二年馬術を猛烈に勉強すれば、屹度(きっと)優賞者になれる見込みのある好乗馬青年だ。就(つい)ては、是非(ぜひ)自分の愛婿(まなむこ)として出て貰(もら)ひ度(た)いといふ希望だ。この種の人に有り勝ちな極(ごく)、無邪気な虚栄家なのだ。尤(もっと)も愛婿とするにしても、何も自分の家へ引き入れて只(ただ)一人の母親を放擲(ほうてき)して来させようなんて業慾なことは云はない。爺さんに小さな可愛(かわ)ゆい娘があつた。その娘をゆくゆく貰ふ約束を極(き)めて外戚の婿に定まつて呉(く)れといふのだつた。